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生まれも育ちも京都市、御苑の目と鼻の先で長年暮らしています。
私にとって京都は、歴史の教科書に出てくる観光地などではなく、
最近、ふと思うことがある。
少し前までは、観光客といえば清水寺や金閣寺、嵐山といった
「
しかし最近は違う。
すっと溶け込んでいる。
正直に言えば、最初はぎょっとした。
「え、なんでこんなフツーの場所にまでおるん?」と。
同時に、
彼ら
もはや「
こうなると、市民の間から「混雑でバスに乗れない」「
「静かな暮らしを返せ」といった悲鳴や怒りの声が上がるのも当然。
だが、感情論だけで「観光客は出ていけ」と排除に走るのには、
忘れてはならない冷酷な現実がある。
京都市の財政問題だ。
一時期は「財政再生団体(事実上の破産)」に転落するのではないかとまで囁かれた
この街が、
のおかげ。
もし観光客がゼロになったらどうなるか。
市のサービスは低下し、インフラの維持も難しくなり、
観光客は、
だからこそ、私は思う。
「オーバーツーリズムの被害を我慢し続ける必要はない。
しかし、
私たちが模索すべきは、安易な拒絶ではなく「共生」
自治体や事業者に求めるべき対策は山ほどある。
市民側も、
声を上げつつも「
今日も御苑を歩けば、
彼らが感動しているこの街の日常は、
嫌悪感を抱いて遠ざけるのではなく、
「生活者」として、
心地よい距離感を保ちながら共に
御苑の風を感じながら、
最後に…
二条城の二重価格は意味がない。
地元民は京都タワーに登らないのと同じく、二条城には入らないから。
赤字垂れ流しの京都コンサートホールを、やめればいい。
