2026年10月23日金曜日

参百弐拾九~京都府立医大で観た「江夏の21球」、と一眼レフ~

 


京都府立医科大学のトモチカ祭(文化祭)のチラシが入っていました。

そういえば、あれは中学生の時。

ふらっと遊びに行ったことがありました。

さすがに医大の文化祭、中学生向きの出し物はなくて

特に夢中になるようなものはなかったものの、自分の知らない「大人の世界」を

ウィンドウショッピングのように見て回るだけでワクワクしたのを覚えています。

ところが、ある教室の扉をガラッと開けた瞬間、「うん?」と足が止まりました。

薄暗い室内、飾りつけも一切なく、誰もいない静まり返った教室。

ふと棚に目をやると……そこに並んでいたのは、

ホルマリン漬けにされた人間の内臓の数々。

中学生の未熟な心には刺激が強すぎました。

あまりの衝撃に打ちのめされ、すっかり気落ちしてそのまま帰り道へ。

トボトボ歩いていると、テント張りの露店に人だかりができていました。

何事かと思って覗いてみると~

みんな小さなポータブルテレビを食い入るように見つめている。

画面に映っていたのは、プロ野球の日本シリーズ。

ちょうど広島の江夏投手が登板するところでした。

雨がパラパラと降る中、ホルマリン漬けのショックも忘れて

画面に釘付けになりました。

そう、のちに「江夏の21球」として語り継がれる、

あの伝説の名勝負の瞬間です。

医学の現実と、雨の中の熱気あふれるプロ野球。

強烈な体験がセットになった、思い出の府立医大でした。

◇

それから十数年後のことです。

ある日、体に見たこともない謎のブツブツが発生しました。

「不治の病かもしれない……」と恐れおののき、

藁にもすがる思いで駆け込んだのが、

府立医大病院(府立医大附属病院)。

震える思いで診察を受けると、先生から一言。

「相手を連れてきなさい」

その瞬間、すべてを察しました。

不治の病ではなく、なんとも恥ずかしい病気だったのです。

当時はちょうど治療薬が飲み薬から塗り薬へと移行する過渡期だったらしく、

先生から「治療の症例集めに協力してもらえませんか?」と頼まれました。

動転していた私は、何も深く考えずに「あ、はい」と承諾。

すると案内されたのは診療室のベッド。

「じゃあ、四つん這いになってください」

えっ、四つん這い……?

言われるがままの体制になると、背後から「カシャッ! カシャッ!」

と響くシャッター音。

重厚な一眼レフカメラで、私の患部が容赦なく激写されていきます。

しかもそれ一度きりではなく、通院して診察を受けるたびに四つん這いになり、

一眼レフでパシャリ。

「この写真、大人数の会議でスクリーンに大写しにされるんやろか……」 

「医学専門誌のカラーページにバッチリ掲載されたりするんやろか……」

診察が終わるたび、顔から火が出るほどの羞恥心と切なさを抱えて

病院を後にするのでした。

今となっては笑い話ですが、あの時のカメラのレンズの冷たさとシャッター音は、

青春のほろ苦い(?)思い出として、今も胸に刻まれています。

後に、立命館大学の学園祭の『誠のサイキック青年団』のイベントに通うようになり

違う意味で、ショックを受けることになるとは思いもしませんでした(笑)

参百弐拾九~京都府立医大で観た「江夏の21球」、と一眼レフ~

  京都府立医科大学のトモチカ祭(文化祭)のチラシが入っていました。 そういえば、 あれは中学生の時。 ふらっと遊びに行ったことがありました。 さすがに医大の文化祭、 中学生向きの出し物はなくて 特に夢中になるようなものはなかったものの、 自分の知らない「大人の世界」を ウィンド...