2026年10月19日月曜日

参百弐拾五~僕と時代祭~



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【時代祭と歴史の勝者】


幼稚園の日の「馬のフン」と、


幕末維新への小さな違和感


京都の秋を彩る「時代祭」。


平安神宮の例大祭として毎年10月22日に行われるこのお祭りは、


京都三大祭りの一つにも数えられ、


絢爛豪華な装飾や時代衣装をまとった行列で有名です。


でも、私にとって時代祭の原記憶は、


華やかな衣装でも雅な音楽でもありません。


生まれて初めて時代祭を観たのは、まだ幼稚園の頃。


目の前で繰り広げられたのは、絢爛豪華な歴史絵巻……ではなく、


巨大な馬が目の前で堂々と排泄したショックな光景でした(笑)。


幼い心に刻まれたのは「お馬さんのフン」の強烈なインパクト。


装飾の記憶なんて一塵も残っていません。


今も京都に住み続けていますが、大人になると仕事もあり、


わざわざ観に行くこともなくなりました。


日常生活のすぐ隣に歴史があるのが京都ですが、


普段は通り過ぎてしまうものの一つです。


京都新聞で知った「選考基準」のなるほど


そんな中、今日の京都新聞に時代祭の行列に登場する人物の


「選考基準」についての記事が掲載されていました。


読み進めながら、「なるほどな~」と深く納得。


時代祭というものは、単に歴史をランダムに並べているわけではなく、


特定の思想や意図をもって編纂された「物語」なのだと改めて実感したからです。


よく「歴史は勝者が書くもの」と言われます。


時代祭自体、明治28年(1895年)に平安遷都1100年を記念して作られたお祭りであり、


当時の明治政府や京都の復興の意志が強く反映されています。


だからこそ、そこに完璧な中立性を求める必要はないのかもしれません。


幕府は軍事政権、維新の志士は……?


ただ、大人になった今、改めてこの「歴史絵巻」を眺めると、


ふと頭をよぎる小さな違和感があります。


行列の先頭を飾る「明治維新時代」。


官軍の正義を象徴するような華やかなパレードですが、


冷静に考えれば……


明治維新は内戦


維新の志士は反政府ゲリラ


もちろん、彼らが命を懸けて新しい時代を切り開いた情熱や、


その後の日本の近代化に果たした役割を否定するつもりはありません。


しかし、「維新=絶対的な正義・光」「幕府=古き悪・影」


という単純な図式で歴史を肯定してしまって


「ええのかな?」と、思わなくもありません。


敗破した側にも、守るべき日常があり、義があったはずです。


街の日常と、受け継がれる歴史


幼稚園の頃、目の前で馬がフンをしたあの瞬間。


あれは、つくられた「綺麗な歴史物語」の中に、


生々しい「現実の生」が飛び込んできた瞬間だったのかもしれません。


歴史は決して、美しく装飾された衣装や完璧な物語だけでは成り立っていません。


泥臭い葛藤や、勝者と敗者の表裏一体のドラマ、そして馬のフンのような(笑)


泥くさい現実があってこそ、今へとつながっています。


今年も仕事の手を止めて現場へ行く予定はありません。


けれど、秋風が吹く京都の街で新聞を広げながら、


華やかな行列の背後にある「語られなかった歴史」に思いを馳せる


――そんな過ごし方も、京に住む者のひとつのお祭りの楽しみ方なのかもしれません。

2026年10月17日土曜日

参百弐拾四~タイトル:御苑の風と、観光客の足音 — 生粋の京都人が考える「オーバーツーリズムとの共生」~

 

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生まれも育ちも京都市、御苑の目と鼻の先で長年暮らしています。


私にとって京都は、歴史の教科書に出てくる観光地などではなく、


朝にゴミを出し、夜にスーパーで惣菜を買い、


季節の移ろいを御苑の木々で感じる「ただの生活の場」


最近、ふと思うことがある。


少し前までは、観光客といえば清水寺や金閣寺、嵐山といった


「超定番スポット」に集まるものだった。


しかし最近は違う。住宅街の路地裏や、なんでもない地元の定食屋、


あるいは私たちの日常の散歩コースにまで外国人観光客や国内の旅行者が


すっと溶け込んでいる。


正直に言えば、最初はぎょっとした。


「え、なんでこんなフツーの場所にまでおるん?」と。


同時に、SNSやマップアプリを駆使してディープな京都を探し当てる


彼らの情報収集能力の高さには、ただただ感心してしまう。


もはや「観光エリア」と「生活エリア」の境界線は、


綺麗に消失してしまったらしい。


こうなると、市民の間から「混雑でバスに乗れない」「ゴミが散乱している」


「静かな暮らしを返せ」といった悲鳴や怒りの声が上がるのも当然。


オーバーツーリズムに対する拒絶反応は、


日々の生活を脅かされている住民からすればごく自然な感情だと思う。


だが、感情論だけで「観光客は出ていけ」と排除に走るのには、


私はどうしても違和感を覚える。


忘れてはならない冷酷な現実がある。


京都市の財政問題だ。


一時期は「財政再生団体(事実上の破産)」に転落するのではないかとまで囁かれた


この街が、なんとか踏みとどまり、財政再建への道を歩めている大きな要因の一つは、


間違いなく観光客が落としていくお金(観光消費や宿泊税、それに伴う雇用や法人税など)


のおかげ。


もし観光客がゼロになったらどうなるか。


市のサービスは低下し、インフラの維持も難しくなり、


結局そのツケを払うのは私たち市民。


観光客は、私たちの行政サービスや街の維持を影で支えてくれている存在でもあるのだ。


だからこそ、私は思う。


「オーバーツーリズムの被害を我慢し続ける必要はない。


しかし、観光客を排除するのも違う」


私たちが模索すべきは、安易な拒絶ではなく「共生」の道ではないだろうか。


自治体や事業者に求めるべき対策は山ほどある。


市民側も、ストレスをただ溜め込むのではなく、


声を上げつつも「新しい京都のあり方」を受け入れていく柔軟性が必要なのかもしれない。


今日も御苑を歩けば、ベンチで楽しそうにおしゃべりをする海外からの旅行者とすれ違う。


彼らが感動しているこの街の日常は、私たちが守ってきた生活そのものだ。


嫌悪感を抱いて遠ざけるのではなく、


かといって自分たちの暮らしを犠牲にして我慢するのでもなく


「生活者」として、この歴史ある街でいかに観光客と


心地よい距離感を保ちながら共に生きていくか。


御苑の風を感じながら、そんなことを考える今日この頃です。


最後に…


二条城の二重価格は意味がない。


地元民は京都タワーに登らないのと同じく、二条城には入らないから。


赤字垂れ流しの京都コンサートホールを、やめればいい。

参百弐拾五~僕と時代祭~

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