2026年3月24日火曜日

壱百四拾六

 

僕が小学生の時のことです

草野球をする同級生が集まる

庶民的な下町の子ども

バットは誰かしら持っているが消耗品のボールは誰も持っていない

こういう時ボールを調達する方法がありました

平安女学院のテニスコートの周辺で待っていればいい

世間の好奇の目に晒さないために一切隙間のないフェンスで囲まれている

部員の中には下手な人がいるようでボールがフェンスを越えて外に出ることがある

それを目ざとく見つけ持って走って逃げる

部員が探しに出てくるころには時すでに遅し

まごうことなき泥棒

ラッキーと思うだけで悪いことをした後ろめたさはない

これだけではないですが大人になると後ろめたさを感じます

そして自分を許すために他人に優しく自分に甘くがモットーになる

他人に優しくしない人には優しくしないんですけどね

昨今の他人に対し容赦ない攻撃をする風潮について思います

先週末の京都市内

サンデードライバーやマイカー観光の車の周囲に迷惑をかけていることを何とも思ってい

ない自分ファーストの運転

四条通りでは赤信号になっても止まらない歩行者

お前が言うな!と

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