2026年11月7日土曜日

参百四拾弐~京都の「いけず」と「余所者嫌い」と、僕の三十年越しの小さな罪~

 

<a href="https://photo53.com/" target="_blank">京都フリー写真素材</a>

京都人間は「いけず」で「余所者に冷たい」

 この手の言説は、

半分正解で半分間違いやと思っている。

就職で京都に移り住んできた知り合いから、

「こんな目に遭った」「こんな冷たい扱いをされた」

という苦労話をよく聞く。

地元民である僕自身、話を聞きながら

「それくらいのことするわな」と妙に納得してしまう。

被害に遭った彼らは決して我を張るようなタイプではなく、

純粋で真面目な被害者。 

付き合いの長い、

親子ほど年の離れた年上の方は、

可愛らしくすら思えるほど。

京都の暗黙のコミュニティ論理に、

うっかり触れてしまっただけなのだと思う。

けれど、話はそう単純ではない。 

「誰と出会うか」で、

この街の景色はガラリと変わる。

*

話は僕が、

今の仕事につながる店勤めを始めた数十年前に遡る。

最初の仕事は、前任者に連れられての挨拶回りだった。

だが、京都の古い顧客から見れば、

どこから来たかも分からない若造など

「ただの不審者」

最初は当然、

警戒感全開の冷ややかな対応だった。

ところが、その年の瀬、

年内最後の挨拶に伺った時のことだ。

ごく一部のお客様から、

「これ、少ないけど持っていき」

とお小遣いをいただいた。

異口同音に、こう仰るのだ。 

「あんた、地方から出てきて昼間働きながら、

夜は大学に通うてはるんやろ? 偉いなぁ、頑張りや」

……ん? 勤労学生?

どこでどう話がすれ違ったのか、

僕はいつの間にか「地方出身の苦学生」

ということになっていた。

実を言えば、僕は生粋の京都人であり、社会人だ。 

「違います、僕、地元で普通に働いてます」

と言うべきだった。

言うべきだったのだが……

いただいた封筒の重みと、

その場の温かい空気に呑まれ、

つい欲に負けて言いそびれてしまった。

そしてそのお小遣いは、

集まるとバカにならない金額になった。

一度タイミングを逃すと、

本当のことなんて言えるはずもない。

年が明けると、

「正月は里帰りした?」「田舎のお母さんは元気?」

と親身に訊ねられる。 

そのたびに「ええ、まあ……」

と適当にお茶を濁す日々。

そして困ったことに、

オッサンになった今でも、

その関係性は変わっていない。

仕事で融通を利かせたり、

仕事外のちょっとした頼み事を引き受けたりすると、

今でもお小遣いを下さるお客様がいる。

*

「京都人は余所者に冷たい」なんて、

一体誰が言ったのか。

僕が会ってきたのは、温かく、

陰ながら応援しようとする、

真逆の人たちだった。

ただ……その温かな恩恵にあずかるために、

今なお密かに「余所者」の顔をし続けている僕は、

一体どうなんやろうか。

お客様の優しさに触れるたび、ありがたさと同時に、

胸の奥が少しだけチクりと痛む。

まあ、今さら「実は生粋の地元民でして」なんて言ったら、

それこそ本当の「いけず」になってしまうのだけれど。

今日も僕は、京都の街で、

ちょっとだけ遠い目をして「地方出身の男」を演じている。

0 件のコメント:

コメントを投稿

参百四拾弐~京都の「いけず」と「余所者嫌い」と、僕の三十年越しの小さな罪~

  <a href="https://photo53.com/" target="_blank">京都フリー写真素材</a> 京都人間は「いけず」で「余所者に冷たい」  この手の言説は、 半分正解で半分間違いやと思っ...